ねくたい

 どっかでみたことあるなあ、と、そのおっちゃんを見た。


 「あれー?」


 おっちゃんはトレーごと、あたしのテーブルに移ってきた。


 ツレだった。



 ひさしぶり。


 母親似、て、昔は言われてたけど、どんどんおじさんに似てきたねえ。



 「ふん、みんなそない言うねん」


 昔は細長かった顔が、太ったからじゃなくて、骨格ごと幅広くなった気ぃする。


 ネクタイが似合うようになったね。






 初めて、ネクタイ姿を見たときは、なんだかネクタイばっかり目だって、細い細い首が折れそうやったのにね。


 ネクタイが黒だったからかもしれない。




 おじさんが亡くなったとき。


 事故現場まで遺体の確認にツレは一人で行った。


 頭蓋骨の半分は吹っ飛んでおり、背広のネームで確認した、って。


 「それでも、手足が揃ってただけ、うちはマシやってんで」


 て、一周忌の時に話してくれた。




 目もうつろで、どうにかこうにか立ってられるのは、糊の利いた、真っ黒なスーツのせいじゃないかと、あのとき思った。


 どんな言葉もうそになってしまいそうで、どんな言葉も意味をなさないような気がして、あたしたちは何も言えなかった。


 「自分の父親が、あんな亡くなり方をしたのに、君は泣きもしないんだね。お父さんとはうまくいってなかったの?」


 と、質問した記者がいた。



 その場で、その言葉の意味がわからなかった。聞こえているニホンゴが、あたしの知っているニホンゴがどうか、判別がつかなかった。


 何日も経ってから、だんだん怒りが湧いてきて。


 やっぱり時間差で、あれはやはり、あたしたちが使ってるニホンゴと同じ意味だったと、わかったツレ達が


 「思いきり殴って会場を追い出してやればよかった」と歯軋りした。


 
 当のツレは


 「なんか口をパクパクさせてるなあ、て思たけど、オレ、声まで聞いてへんかったし」


 怒るところまで気力がなかったみたい。




 と、いう話は、勿論今更せんかった。



 なんか見たことあるネクタイやね、それ。いつだったか、面白い模様だ、と口に出した覚えがある。



 「せやろ。親父のん。りんちゃん気に入ってたよな。あのひと顔に似合わずおしゃれやったからね。スーツは体が合わんけど、他は時計も全部親父のんやねん」と、銀色の腕時計を見せた。ウチの親父も同じのを持ってて、このメーカーの金色やダイヤ入りのはよく見るけど、何もついてないシンプルなのは珍しい。て、しゃべったなあ。


 「でしょう、でしょう?」と、おっきな目ぇをまん丸に見開いて、いわれからなにから、講釈たれてたなあ、おじさん。



 お酒飲むと、真っ赤になって、ネクタイを緩めた首元も真っ赤やったなあ。



 「オレ昔は変わらんかってんけど、この頃は真っ赤っかになるわ。いややってんけどね」


 と、緩めた首元。首も太くなったなあ。



 「図ぅも太うなったしな、いやほんま」




 ペコペコ、と音を立てて、紙コップを潰した。



 「ほな、また」



 と、ドアを開けて、あたしを先に通してくれる、その仕草が、やっぱりそっくりで。





 あれから、ツレは泣くことができたんやろか、ともよぎったけど、でも、そんなんはもうどうでもいい気ぃもした。



 男の子はネクタイを緩められるから、ネクタイを締める。


 のかな。



 とか、全然関係ないことも考えながら、車のエンジンをかけた。